119 97.07.21 「何が悲しゅうてマカダミア」

 三日の間、悩みましたが、ようやく私は決意しました。
 やっぱり、捨てるしかありません。
 非常識との誹りは免れませんが、私にも同情する余地はあるのです。他に方法がないんです。
 私は、次の燃えるゴミの日に、未開封のマカダミアナッツチョコレート一箱を捨てます。廃棄します。どうしようもない愚挙であることは、重々承知しております。けれども、追い詰められた私には、もはやそれしか道がないのです。険しく細い茨の道ですが、私はあえて進んで行きます。止めないでください。
 結婚するのは彼の勝手です。私が結婚祝いとしていくばくかの金銭を包んだのは、私の良識というものです。新婚旅行の土産を私に買ってきたのもまた、彼の良識なのでしょう。そこまではいいんです。オトナのオツキアイというものです。
 しかしなぜ、その結末がマカダミアナッツチョコレートなんでしょう。
 何が悲しゅうて、私はマカダミアナッツチョコレートを贈られなければならないのでしょう。
 理不尽です。断じて、受容できません。
 夕陽に向かって叫びますが、こんなもんはいらねえんだよおっ。んだよおっ~~~。だよおっ~~~。おっ~~~。っ~~~。自主的に谺を返してみました。
 DFSの袋に入ったマカダミアナッツチョコレートを受け取った瞬間、私は逆上しました。その場でただちに彼に殴りかかろうかとの思いが胸中に横切ったほどです。人を侮辱するにも程があるのではないでしょうか。
 物見遊山の土産としてマカダミアナッツチョコレートを贈るという行為は、「あなたのことはなんとも思っていない。仕方がないから買ってきただけだ」という見解の大胆な表明ではないでしょうか。私はそう考えますっ。さりげなくもあからさまな侮辱ではないでしょうか。私はそう信じて疑いませんっ。
 ませんとも。
 これを贈っておけば海外旅行の土産らしいだろう、というような安易な思考過程が露呈する局面に、たじろぐわけです。いったい自分がなにをしたのかわかっているのでしょうか。
 つまるところ、あのひとにはこれがいいかなあれにしようかな、なんて、ちっとも思い悩んではくれなかったわけです。あいつにはこれでいいや、で、マカダミアナッツチョコレート。迷惑きわまりありません。私は、「楽しい旅行でした」といった類の言葉だけで充分なんですよ、もうっ。モノはいらんのだけどなあ。
 一方、感謝はカタチにせねばならんという意見もあって、なんの因果かマカダミアナッツチョコレート。グァムへ行っても香港に行っても、ハワイ名産マカダミアナッツチョコレート。そんなカタチは、ええとですね、あなたの自己満足ではないですか。あなたはお土産をあげたつもりなんだろうけど、私はゴミとそれを捨てる手間を受け取っただけなんです。かといって、他のひとに差し上げるわけにもいきません。私にはそんな無礼なことはできません。
 モノを貰っておいてなんて言い草だって言われそうだけど、モノを贈られれば喜ぶだろうという不思議な思い込みに直面して、私は私で困惑しておるのです。
 自分だけが楽しい思いをしたという錯覚に基づく贖罪、って感じがするんですよ。土産って習慣は、どうも贖罪意識に裏打ちされてる気配があって、どうにかならないんでしょうか、これ。旅行なんか行かなくたってみんなそれぞれ楽しく暮らしてるんだから、変に気を使われてもね。
 時には、お土産を義務と考えているとしか思えないようなひともいて、私の混乱は更に深まっていきます。たしかに渡したからな、これでオレのシゴトは終わりな、って感じを露骨に漂わせて包みを押しつけていく。私は呆気にとられるばかりです。
 それでもまあ、貰って嬉しいものだったらいいですよ。
 何が悲しゅうて、マカダミアナッツチョコレートなんでしょう。
 マカダミアナッツチョコレートは、お土産となるためだけにつくられたものです。その中身がチョコレートという食用可能な品であることは、万が一本当に食べる人が出現した場合の消極的な対応に過ぎません。贈り贈られる、ただそれだけのために存在するのです。たまたま食べられるだけなんです。普通のひとは食べません。違いますか。
 違いますね。えへへ。
 ま、私にはチョコレート自体がもはや食品ではない、と。
 食べ物を粗末にするとバチが当たると躾けられた記憶は確かにありますが、私にとってのマカダミアナッツチョコレートは、食べ物ではありません。単なる燃えるゴミなんです。しかしながら、世間様にとっては食品です。ここのところに相克が生じるわけです。葛藤があるわけなのです。
 ああ、いつから私は人の目を気にするような弱い人間になってしまったのでしょう。
 いや、ずっとそういう弱い人間だったですね。すみません。うぐうぐ。
 好意に基づいて贈呈されたチョコレートを廃棄するという行為は、例えばジャニーズ事務所が毎年機械的に行っている作業です。件の事務所では、大量に廃棄に及ぶと巷間耳にするところです。いかなる社会にもなんら影響を及ぼすはずのない私が、たかだか一箱のチョコレートを廃棄したところで、どうなるものでもないでしょう。やむにやまれず捨てるんです。大目に見てくださってもいいでしょう。
 許して、なんて不遜なことは言いません。
 そっと見逃してくださいよ、常総環境センターの職員の皆様。次の燃えるゴミの日に未開封のマカダミアナッツチョコレート一箱が収集されることと思います。彼が廃棄という最低の途を選択せざるを得なかった背景には、このようにくだらなくも切実な懊悩があったのです。皆様にも暖かい血が流れていることでしょう。どうかひとつ、見て見ぬふりをしては頂けませんでしょうか。
 何卒、御厚情を賜りたく。

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