115 97.06.25 「カボチャがある世界で」

 しょせんはカボチャのやることである。いちいち目くじらを立てるほどのことではない。見て見ぬふりをするのも、やぶさかではない。私もオトナである。
 カボチャプディングにでもパンプキンパイにでも、勝手になり果てるがいい。菓子なるものは、私にとっては食物ではない。ハロウィンで提灯と化すのもお伽話でシンデレラを乗せるのも、カボチャの自由である。私の関知するところではない。私もオトナである。カボチャの来し方行く末を云々するつもりはない。私の目に付かない場所で、細々と生き長らえていけばいい。なにしろ私はオトナであるから、カボチャの人権は尊重する。
 しかるに、なぜ、カボチャが私の目の前にあるか。丸ごと一個だ。
 私は呆然としている。余ったからあげる、と、知人が有無を言わせず置いていったのである。生協だかなんだか知らないが、無農薬野菜の宅配を受けていて、毎週どっかんどっかんと野菜が届くのだそうである。そのおこぼれを頂くのはありがたいが、なぜカボチャか。よりによって、なぜカボチャなのか。
 タマネギやピーマンなどと贅沢は言わない。キャベツやキュウリでもいい。ジャガイモやニンジンでも許そう。しかし、カボチャはあんまりではないか。私の純真は踏みにじられた。よもやこのトシになって、カボチャと同じ部屋に存在する屈辱を受けようとは思わなかった。試練の時である。
 私は、ともすれば萎えてしまいそうな心を励ましながら、カボチャを正視した。見れば見るほど醜悪である。この乱れた凹凸はいったいなんなのか。母なる大地は、なにゆえにこの非道な異端児を生み出したか。禍禍しいまでのこの深緑は、なんの暗示だというのであろう。終末に至る道標なのか。
 私は、知っている。カボチャは、外見ばかりでなく中身もまた耐え難い腐臭を放っているのだ。驚愕せざるを得ないが、なんと中身は黄色いのである。信じられるだろうか。失敬千万である。自分のやっていることがわかっているのであろうか。たとえば、スイカの中身は赤い。黄色いのもある。それはそういうものだから、それでいいのである。しかし、たかだかカボチャである。カボチャごときがそんな気ままな狼藉をなして許されるはずもないのは、自明の理であろう。身の程知らずにも自ずと限度があるというものだ。
 野菜の仲間に入りたいなどと戯言を申し述べていると聞く。その増上慢の原因は、いったいなんなのか。甘い野菜があるものか。甘ったれるのもたいがいにしてもらいたい。果物にでも媚びを売ればよいではないか。野菜は伝統と格式を有した聖域である。カボチャ風情が土足を踏み入れるべき場所ではない。大根の不器用な人生や、里芋の敬虔な愛や、牛蒡のひたむきな生き方を愚弄するつもりであろうか。
 笑い事ではないのだが、ビタミンAやCなどを豊富に含有しているという風聞がある。だまされてはいけない。なにが悲しゅうてカボチャに栄養があるだろう。カボチャである。カボチャのくせに、なんらかの栄養を保持しているはずがないではないか。なにを血迷っているのか。なにしろ、カボチャに他ならないのである。
 それでも、菓子に手を染めたり甘く煮つけられたりしているくらいの悪戯は、さほど目くじらを立てるほどのものではない。好きなようにこの世の春を謳歌していればいい。私はオトナだから、そっとその場から立ち去るだけである。
 カボチャの原罪は、焼肉屋さんにおいて明確に露呈する。カルビもロースもいっぱい食った、ちょいと野菜など食べようか、というときに現れるのである。「あ~、この野菜盛り合わせね、これ、頼みます」「はいよっ。野菜盛り合わせいっちょ~」といった経緯によって、一皿がテーブルに置かれる。そこには様々な野菜が並んでいる。玉葱、当然だ、これがなくてはなんのために生きているのかわからない。椎茸よ、氏素性は気にしない、君は正々堂々と野菜としての生を全うして欲しい。人参よ、雨風が辛い季節もあったろう、だが私は君を断固として支持する。
 カボチャ、なんで貴様がここにいるか。なぜ現れるか。なんだそのぺらぺらにスライスされた惨めな姿は。見たくない。貴様だけはこの憩いの場で会いたくははなかった。
 あ、なんで焼くか。喜んで焼くんじゃないっ、同席したひとよ。あなたは恥を知らないのか。あ、裏返すな。喜んで裏返すんじゃないっ、同席したひとよ。あなたはこの世の正義をどう心得ているのか。あ、食うな。喜んで食うじゃないっ、同席したひとよ。あなたは人としての矜持がないのか。
 ああ、カボチャよ、おまえさえいなければ、私はこの世の全てを愛することができるのに。私はオトナだったはずだが、どうやらそうではなかった。もし生まれ変われるものならば、カボチャのない世界に生まれたい。
 眼前の唾棄すべき丸ごと一個のカボチャは、燃えるゴミなのか、そうではないのか。目下の問題はただそれだけである。
 私がカボチャの調理方法をなにも知らないことは、問題ではない。

次の雑文へ
バックナンバー一覧へ
バックナンバー混覧へ
目次へ