087 96.12.31 「たき火だたき火だ」

 道路工事で掘削された穴を覗きこんじゃうひとっているでしょう。わざわざ立ち止まって、身を乗り出して地層の断面なんかをしげしげと眺めちゃう。こんなふうになってるんだあ、なんて感心しちゃったりして。
 自分の生活にはほとんど関わりのないどうでもいいことに、妙に惹かれちゃうタイプね。本筋には影響のない些末事になぜか興味が向いちゃって、かけなければならない電話とか待ち合わせの時間とかこなさなければならない用事とかがどうでもよくなっちゃう。
 私、どうもそういう性癖があるんですね。
 そういうやくたいのない人物なもんで、通りすがりの庭先のたき火を垣根越しに眺めている自分をふと発見したところで、自分の行動にはなんの疑問も抱きません。あ~、たき火だたき火だ、いいな~、たき火。なんて思いながら、半ば放心してぼーっと見てる。
「入ってこーよ。んなとこ突っ立ってねーで」
 たき火をしていたおじさんが何か言ってますが、自分にかけられた言葉だとは思いもよらず、ただ立ち昇る煙を眺めてる。
「いーがら。入ってこーよ」
 ようやく自分が招かれていることがわかり、私はきょとんとしたですよ。
 べつにそのたき火にあたりたいとか焼き芋を食いたいとか、そんな要望を抱いておったわけではないんです。たき火を見かけたので、ただ眺めてただけ。
 でもまあ、せっかくの御招待なので、垣根を回り込んで庭の中に入っていきましたよ。外から見るよりも意外に奥行きのある広い庭で、農家ですねこの構えは。おじさんは、落ち葉だけでたき火をやってました。
「正統派ですねえ」
 私は、思わず言ってました。
「なんでよ?」
「いやあ、落ち葉だけでやってるから。贅沢ですよねえ」
 おじさんは、不得要領な顔。ううむ。単なる庭の掃除の総仕上げなのかな。どうも、好きでやってるんじゃないみたい。
「たき火、好ぎか?」
 おじさんは、いきなり訊いた。変なことを訊くおじさんだなあ。
「好きです好きです」
 好きに決まってるじゃないですかあ。嫌いなひと、いるのかな。
「好ぎか。こんなもんが」
 おじさん、驚いてる。思いもしなかった意見みたい。
「そーか。好ぎか。そーか。たき火がね。好ぎか。」
 考え込んじゃった。好き嫌いという観点でたき火を考えたことがなかったようです、どうも。
「だって、たき火っていいじゃないですか。なんかこう、ほのぼのして」
 私というものは、もっと説得力のあることを言えないもんでしょうか。
「わがった。これがらは好ぎになるように努力してみっぺ」
 ん。おじさん、なんだかそれって、飛躍しすぎてはいませんか。ま、いいんだけど。
 それからしばらく、私とおじさんはどうでもいいような話をぽつりぽつりとしながら、たき火を堪能しました。
 そういうわけで、約束をひとつすっぽかしちゃったんだけど、まあ、しょうがないよね。
「よぐわがんねーが、たき火も悪ぐはねーな」
 おじさんも、そう言ってくれたことだし。

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