067 96.09.29 「備えあれば嬉しいな」

 生ビール、生野菜、生足など、「生」を冠した途端に魅力を放ちだすものがある。じゃあ、生ゴミはどうなんだ、と、すかさず画面の前でツッコミを入れた皆様、まあ、そこはそれ、お互いオトナじゃないですかあ。ここはひとつオンビンに。ほらほら、そんなら生意気はどうだ、なんて言ってないで。ちょっと生意気だぞ。あ、オンビンでしたねオンビン。
 こうした生一家の本流を継承する一派に、生中継、生放送がある。テレビはともかく生じゃなきゃ意味がない、という偏見を持った人物は少なくない。いや、少ないかな。わしだけだったりして。そうだったらやだな。やだけど、ま、いいや。私は生放送以外のテレビ番組にいささかの価値も認めないぞ。勝手にせいとさじを投げられそうですが、最初からさじなど持っとらんってひとのほうが多いというのが現実だろうなあ。現実はいつも私に冷たい。
 冷たくされるのには慣れてるけど。
 って、ちょっと強がってみたりなんかしてみました。虚勢は、物心ついた頃からの私の親友です。
 結果的にニュースとスポーツ番組ばかり観ることになる。ワイドショウという選択もあるが、さすがにあれはちょっとね。スタジオに刃物を持った覚醒剤男が乱入したり、スタジアムに黄色と黒の縞模様に裸体を染めた浪花女が闖入したり。そういう狼藉が許されているのが生放送の素晴らしいところだ。もちろん、法令、官憲、良識などに許されているわけではないが、すくなくともそれは時間軸には許されている。即ち、次の瞬間になにが起こっても構わない。数秒後にどんな事件が勃発するかわからない。生放送の構図とはそういうものだ。
 期待は常にそこにある。なにが起きてもいい。約3.03センチ先は闇。
 収録、製作、編集などの過程を経た番組では、真の事件は発生しない。なんのために忙しいのにテレビを観ているのかわからなくなっちゃう。突発事件が起きる可能性がないのにテレビを観るほど、私は暇じゃないのだ。
 しかし、そうはいっても、生じゃない番組も少しは観ているのだった。どうでもいいバラエティやドラマなどを選択することもある。実際には、単にテレビがつけっぱなしになっていて、他のことをしているのだが。どういうつもりなのか、視聴可能なすべての放送局が収録番組を放映する時間帯がある。平日の関東では午後9時半から10時が、それだ。生放送がない。暗黒の時間帯だ。しょうがないので、ドラマなどを流しておく。
 そうまでしてなぜテレビをつけているかというと、臨時ニュースという魅力的な存在のせいだ。こやつはいつ乱入してくるか予想もつかない。従って、在宅中にはテレビは常につけられていなければならないのだ。備えあれば、嬉しいな。
 ポ~ンとかピンポ~ンとか、今から臨時ニュースのテロップが流れますよと知らせてくれるあの発信音は斯界ではなんと呼ばれているのだろう。私は朗報音と呼んでいるのだが、続いてテロップが伝える事柄が朗報であったためしがないので、これは違うはずだ。朗報音に注意を喚起されてからテロップが出てくるまでの数秒間の気持の高まりは、こりゃもうこたえられない。とはいえ、当たり外れは大きい。「なんとか県知事選でかんとか氏が当選」はあ、そうですか。「九州北部で地震発生。各地の震度、佐賀4、長崎3」ふうん。「成田空港で旅客機が不時着。死者が出ている模様」うわあ、そりゃ大変だ。その瞬間からすべてを放擲して、リモコン片手に各放送局のハシゴと相成る。
 いつもはスクリーンセイバーが働いて音量は0になっていて、朗報音を受信するやいなや、設定された音量とともに画面が蘇る。そういうテレビが発売されたらいいのにね。って、誰に同意を求めているのか。
 もっとも、本当に重大な事件や災害が発生したときには悠長にテロップなどを流したりはせずに、いきなり有無を言わせずネクタイの曲がったキャスターが登場してくるわけで、なにも本気でそのようなテレビが欲しいわけじゃないですから、家電メーカーの方々は真に受けて開発したりしないでくださいね。しねえよ。
 ま、そのように、第二のミシマが市ヶ谷駐屯地を占拠しないか、オウムの残党が浅間山荘に立て篭らないか、と、日夜、期待を募らせる私なのであった。相当、性根が悪い。
 こうした私の不断の努力は、年に数度、報われる。たいへん高い確率だ。やめられません。
 そういうわけで、好きな番組はと訊かれると、深夜の台風情報と答えることになる。あれはたいへん興奮する名番組だ。私の昂揚を煽ってやまない。NHKしかやらないが、なぜだろう。ここに熱烈な視聴者がいるのだが。「森田さんの台風情報」とか観たいよな。「台風が来ては不倫どころではありません」などと言いつつ、わかりやすい解説をして頂きたい。「ヤン坊マー坊の台風情報」なども捨て難いと思う。せっかく台風が来ているんだからもっと盛り上げて欲しいよなあ。
 国勢選挙の開票速報も好きだ。あれは各局が工夫を凝らすのでたいへんよろしい。見どころは、当確の取消ただ一点だが。さっきついてた当確マークがいつのまにか消えていたりするので面白い。わははは、テレ朝ってば、ま~た先走ってやがんの、などと放言しつつ自堕落な態度で飲酒する。開票速報は一級の娯楽番組だ。
 このように、一介のテレビ野次馬は今日も観もしないテレビをつけっぱなしにしているのであった。でんこちゃん、すまん。

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