039 96.06.19 「思いだしただけ」

 昨日の晩はなんだかやたらと風が強くて、ひょよよおんひょよよおんと、やかましいったらありゃしなかった。うるせえなあと思いながら眠りに就いたのがよくなかったのかもしれない。変な夢をみてしまった。高い木の枝にしがみついたまま、吹きすさぶ強風に揺さぶられているのだ。よくしなる枝で、しがみついているのが精一杯。手を離したら真っ逆さまに地面に叩きつけられてしまう。こわかった。やがて力尽きて宙に投げ出されたところで、そこはしょせん夢なので目が覚めた。午前3時、もう風の音はしなかった。
 馬鹿なのですぐ寝直してしまったのだが、朝になってもありありと憶えていた。結局、一日中その夢が頭の片隅でうろちょろして、どうにも仕事に身が入らなかった。いつも入ってないが。なんだか妙に気にかかる。気になってしかたがない。
 晩飯の野菜炒めを食っているときにやっとわかった。ピーマンを噛った瞬間に、ぱあっと記憶が甦った。イドの奥底から、ぷかりと記憶のあぶくが浮き上がってきた。実体験だったのだ。ひょんなことから思いだすもんだ。ところで、ひょん、ってなんだろう。
 それは、10歳かそこらであったろうと思う。つまり四半世紀の間、その記憶を思い起こすことはなかったのだ。思いだしたからってその内容は、だからなんだ、としかいいようがないのだが。
 幸次と私は、どちらが高いところまで登れるかという、誠にもって微笑ましい意地の張合いをすることになった。ケヤキの木だったように思う。発端は、他愛ない。ケイコちゃんが、勝ったほうのお誕生日会に行く、と言ったのだ。
 幸次と私は同日に誕生したという共通の過去を有していた。双方の親が経費節減のために隔年でいっしょくたにパーティを催しており、それは小学校を卒業するまで絶えることのない習慣だった。つまりケイコちゃんの発言はその前提から誤っているのだが、なにしろ双方ともに闘犬状態になっているので、矛盾には気づかない。あるいは、勝利したアカツキには分離開催を強行しようというハラがあったのかもしれない。とにかく登った。
 ケイコちゃんに躍らされる幸次と私。
 どんどん登っていった。木登りも登山と同じで、降りるときのほうが難しい。私も幸次もそれは心得ていて、あと少し登れるというところで、普段だったらもうそれ以上は登らない。
 普段じゃなかった。下からケイコちゃんの声援が聞こえてくるのだ。
 血が登って、木に登っている。忍び寄る遭難の魔の手。
 遭難しました二人とも。降りられなくなった。すくんでしまって、下に脚が伸びない。登るときと降りるときとでは脚の自由度が全く違うのだ。自由に動かせない。そして、降りようとしたときに初めて高さを実感するのが木登りの特徴だ。こんなに高いところまで来てしまった。
 そのうちに風が吹いてきた。寒くて、高くて、怖かった。幸次も私もほとんど同じ高さにいたが、勝ち負けはもうどうでもよかった。ただひたすら、いつもより細い枝にしがみつくばかりだ。揺れは次第に酷くなっていき、木の下に人が集まり始めた。尋常ならない状況にケイコちゃんが泣き出し、その声が近所の人々を招き寄せたのだ。
 大人が登ってきたら重みで折れそうな細い枝まで、幸次と私は到達していた。緊急会議が木の下で催され、やがて近くの土建屋からパワーショベルが出動してきた。そのバケットに乗って無事帰還を果たした、というのがその日の顛末だ。いやもう、こっぴどく叱られた。
 幸次は現在、長野の高校で生物の教師をしている。彼は長じて山に取り憑かれ、山岳部の顧問をしているのだ。その理由がなんとなくわかった気がする。
 ケイコちゃんのその後は知らない。きっと、どこかで男を手玉に取って、ひそかにほくそ笑んでいるのであろう。
 今、またひとつ思いだしたのだが、ケイコちゃんはピーマンが大嫌いだった。

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